無限大の可能性
先日、ユニヴァーサル・ミュージックの斉藤君が、10月に発売されるキース・ジャレットの新譜(「WHISPER NOT」 ‘99.7 パリ ライブ録音)の音源を僕の所に届けてくれた。すぐにでも聴いてみたかったのは山々だったが、これは事務所のラジカセで聴くものじゃないと、はやる心を押さえ自宅に持ち帰った。メインアンプを暖めるのに3時間ほどかけ、待ちに待って聴いたキースの新譜は、それは素晴らしい仕上がりで、これまでトリオでのアルバムの中では「STILL LIVE」が最高だと僕は思ってきたけれど、それを遥かに越える演奏を聴かせてくれた。トリオのアルバムの最高傑作が完成したと言っていいと思う。

 ‘99年9月の東京文化会館での公演の際、キースは僕に、ナチュラルなホール・トーンを重要視する為に、電気的リレーは一切やめようと思ったので、この夏のツアーからレコーディング・エンジニアを変えたと話してくれた。そんな経緯もあって、この新譜を非常に楽しみにしていたのだけれど、確かに音が今までとは全く変わっていた。僕は仕事上、キースの演奏を客席からではなく舞台袖から聴く事が多いのだが、今度のアルバムの録音は、僕がいつも舞台袖で聴いているマイクもスピーカーも通していない生演奏の音と、ほぼ同じリアリティがある。今までの様なエコーが全く聞かれないのだ。キースが長く休んでいる間に考え付いたと言っていたこのアイディアは、新しいアルバムの芸術性に、またひとつ別の魅力を加えていると僕は思った。キースのアルバムを複数持っている方は、この点に着目して聴き比べてみるのも一興かと思う。

 キースのトリオが結成されてから16年、その間にスタンダーズ・トリオ、キース・ジャレット・トリオとその名称を変えてきたが、あくまでもその音楽の中心にいるのはキースであって、ジャックとゲイリーは脇を支える存在で活動してきた。それが今年になってキースから、これからはキース・ジャレット・トリオという名称は使わないでほしい、代わりに「トリオ・ジャズ」という名称を使い、3人の名前も同格で扱って欲しいと言ってきた。今年5月のNYカーネギーホールでも、コンサートのタイトルは「An Evening of Jazz」 と銘打っているだけだった。つまり、今後トリオにおいては、3人の音楽家が集まって一つの音楽を作っていくというスタンスでやっていく事を、キースが決断したという事なのだ。一人のリーダーとなる音楽家を中心に演奏活動をしてきた場合、解散とかメンバーの入れ替えなどでグループが変化する事はあっても、リーダー、サイドメンという垣根を取り払う方向に変化していくケースは聞いた事がないだけに、僕は非常に驚いた。

 ご存知の様に、キースは病気で音楽の表舞台に出てこられない時期がかなり長かった。ファンも含め周囲の者はかなり心配してきたが、本人のつらさは並大抵ではなかったと思う。再び自分の身体が健康になるのか不安だっただろうし、音楽家としての未来を懸念する事もあっただろう。キースが病を患うというどん底の状態を体験した事が、今回のこの変化につながっているのかどうかは僕にはわからない。しかし、キースは実際変化したのだ。またひとまわり大きくなる為に殻を脱ぎ、新しい方向をしっかりと見据えている。そして、
この3人の「トリオ・ジャズ」は、スタンダード、バラードから枠を広げて、やがてはフリーへと進んでいくかもしれない。そんな無限大の可能性を秘めたグループに進化していっているのだと、僕は今考えている。