名前を出せば、もとより僕の比ではなく広い知名度の、高校生の頃からの友達が、その仕事に腹を立てたヤクザ−であるらしい数名−に顔ほかをカッターで切られた。
しばしば見舞いに行っていた妻が−彼女はその妹−もっとも胸を痛めているのは、腕を切られたことと関係があるらしく、指の運動にいまのところ差しさわりがみられるということ。タケちゃんは、かれの幼名で呼びながら彼女は憂えている。ギターを弾いて心のバランスをとっているのだから。それが不自由になったらどうなるのか?
音楽がなかったとしたら、一体どのように生きてゆけるのだろうという問いは、若い頃には架空のものに感じられたものだ。ところが年を加えてくるうちに。具体的にその答えが浮びあがっているのを見出す。それはまったくなんとも困難なものだろうと・・・・
僕の家の、障害のある長男は、生まれて5、6年もずっと無言だったが、野鳥の声をきっかけに言葉をもちいるようになった。ついで音楽に心をうばわれるようになり、すばらしい教師にめぐりあって、自分でも作曲するようになった。15年ほどの間にかれの作った小さな曲を、友人の演奏家たちの協力で、CDにするために録音した。
その2日間、くりかえし息子の音楽を聴くうちに、僕も妻も、新しく輝くようなかれの魂にふれるようだった。しかも懐かしい思いがあった。まだ長男が完全に沈黙している幼児であった間、家に鳴りひびいていたのはショパンで、それは妻が心のバランスをとっているということなのであった。
音楽がなかったとしたら、一体どのように生きてこられただろうと、いささかもセンチメンタルでない実際の家庭の課題として、いま僕は考え、奥深い怖れをあじわう。さらには年齢をこえてもっとも広い範囲で人を理解しうると感じるのは音楽をつうじてである。それは時代を越えて、しかも過去にさかのぼってであるのみならず、未来へ向けてでもあるように思う。
自分がタイムマシンに乗り込むとして、未来の時にいたって芸術家たちの仕事を示され、これは知っている、懐かしくさえ感じるといいうるのは、その未来の時の音楽のような気がするから。

Live Under the Sky '92 15周年記念公演パンフレットより