これは僕が体験した話しではなく、古くからの友人冨樫雅彦と話をした時に彼から聞いた話です。とても素敵な話なので、ご紹介します。
もう、大分前のことになるそうですが、彼がジャズ・ドラマーとして、パリ管弦楽団の本拠地として有名なサリプリエル・ホールでコンサートを行った時の話です。ホールに彼が初めて訪れた日に、舞台袖にたくさんの打楽器が置かれているのに気づき、その光景にみとれてしまったそうです。単にジャズ・ドラマーというよりは、パーカッショニストとして有名な彼の事だから、これは当然なことでしょう。そして、リハーサル当日、ステージ上には数多くのパーカッションに混じって3台のゴングも用意されていたそうです。通常、ジャズ・ドラマーはゴングは使いませんので不思議に思っていると、ホールのステージ・マネージャーの男性が現れて、こう言ったそうです。
「申し訳ございません。私は、富樫さんの音楽について、あまり詳しくなかったので、今回の公演を控えて、あなたのアルバム5枚を聴いてみました。その中でも『リングス』と『スピリチュアル・ネイチャー』が特に素晴らしく感じられましたので、もしかしたら、今度のコンサートでゴングを使うかもしれないと思い用意させて頂きました。サイズは私がアレンジしていますので、リクエストがあったらおっしゃって下さい。」
冨樫はこの言葉を聞いてものすごく感動したそうです。そして、遥か遠く日本から来る見知らぬドラマーの為に、事前にアルバムを聴き、万全の準備を心がけてくれたステージ・マネージャーに何とか演奏で応えたいと思った気持ちがそのコンサートを大成功に導いたそうです。そして、もしかしたら、こういうことがヨーロッパでは当たり前の事なのかもしれないよね、とも冨樫は言ってました。
それに引き換え、これは、以前、アワダジン・プラットのピアノリサイタルを僕がプロデュースした時のことです。会場となった某ホール(あえて名前は出しません)のステージ・マネージャーが、休憩は20分だと伝えておいたにもかかわらず、15分たった時に、5分早いけれど本ベルを入れていいですか?と聞いてくるという、信じ難い出来事があった。ステージ・マネージャーというのは、コンサートを成功に導くための努力を惜しまないのが当たり前です。ましてや、公にタイム・テーブルを発表している以上、これはミュージシャンに対してだけでなく、観客に対しても非常に失礼な事です。
富樫雅彦がパリのコンサート会場で受けた、音楽家への敬意ともとれる対応との差を思うと、この国の芸術を支える基盤のレベルは、今後も進歩する余地が無いのではないかとすら僕が思ってしまうのは、ちょっと悲観的過ぎるでしょうか?

(2002.6.4.付 Koinuma's Note 「日仏-人材比較」をリライトしたものです)