「キースのピアノへのこだわり」
今回は、キース自身のピアノに対する
“こだわり”について話をしよう。
 この前のソロ公演の時、キースの方から初めて使用するピアノを指定してきたんだ。「NYスタインウェイ」を使いたいってね。ところが、東京文化会館が所有しているフル・コンサートのスタインウェイ4台は、すべて「ハンブルグ・スタインウェイ」。そこでスタインウェイの日本代理店に問い合わせてみたところ、掲載した図で見て分かるように、NYとハンブルグとでは、白鍵盤のサイズが幅にして0.4mm、長さにして2mm、黒鍵盤は真四角と台形というように形状自体に差異が存在する。しかも、会社自体が売却されたことで鍵盤の制作工場が変更されたために、このようにハンブルクと異なるNYスタイウェイ独特の鍵盤は、あくまでも1984年以前に製作されたものに限るとのことだった。
 音楽好きな人ならご存じのように、ピアノはメーカーによってそのサウンドやタッチにかなりの違いがある。そして同じメーカーで同サイズの物であっても、その個体差は大きい。今回のソロ公演は、キース自身にとって“復活”を意味する非常に重要なステージであり、自分の体調のことも考えれば、自宅で弾き慣れているNYスタインウェイのタッチを選択したいという要望は痛いほど理解できる。それにコンサート・プロモーターという立場からも、「東京文化会館」という最高の舞台にキースを迎える以上、そのステージには最高のコンディションのピアノを用意したいと考えるのは当然のことだった。

 そこでピアノ探しが始まったわけだが、いきなり困った状況に陥ることになる。そもそも、日本のホールにあるスタインウェイは、その95%がハンブルグ製のもの。そこで1984年以前製造のNYスタインウェイを何台か探し当ててはみたものの、セミ・コンサート・サイズしか見つけることが出来なかった。しかたなく、キース本人に「残念ながらフルコン・サイズのNYスタインウェイは見つからなかった」旨を伝えると、すぐに「ならば、トシナリが選んでくれたピアノを私は弾く」という返事が帰ってきた。さあ、ここからは僕自身の“こだわりどころ”だ。

 キース・ジャレットの日本公演におけるピアノの調律を一手に引き受けている真鍋氏は、1984年のソロ公演(キースの初映像作品となった『ラスト・ソロ』は、この時に五反田ゆうぽうとで収録された)以来、もう15年もの付き合いであり、キース自身も深い信頼を置いているピアノ・チューナーだ。僕は彼を伴って9月16日に東京文化会館のピアノ庫に赴き、そこに置かれている4台のハンブルグ・スタインウェイをチェックすることにした。真鍋氏が慎重に試し弾きをした結果、19番と20番の2台をセレクトする。ちなみに19番はキー・アクションが軽めの物。そして20番は東京文化会館の改装こけら落とし公演時に購入された一番新しい物。この2台には、単に弦の調律だけでなく、キー・バランスからハンマー・バランスに至るまで、丸一日かけて、真鍋氏による徹底的なメンテナンスが施された。それこそ、そのままキースがステージで弾いても問題ないレベルにまで磨き上げたのである。そして、この2台のスタインウェイは、公演当日の9月27日まで、他の誰にも触れさせないよう厳重に保管された。

 そして迎えたコンサート当日。その日はまず、キープした2台のスタインウェイをステージに上げ、朝の9時からホールの温度と湿度を開演時と同じ状態に設定することから始まった。つまり、ピアノが置かれる空間そのもののコンディションを本番時と等質にしてから、チューニングを開始したわけだ。やがて真鍋氏によって2台のピアノ・チューニングが終わり、あとはキース本人の選択を待つだけとなった。

 夕方の4時半。キースは定刻通り会場入りすると、そのままピアノの方に向かっていっき、おもむろに19番のピアノから弾き始めた。1,2分鳴らした後20番に移り、同じように試し弾きをする。実は僕も真鍋氏も、キースの体調から考えて、タッチの軽い19番を選ぶんじゃないかなと思っていた。しかし、キースの返答に僕らは顔を見合わせてしまった。「トシナリ、こちら(20番)のピアノを使おう。チューニングも完璧だ」と。キース・ジャレットの演奏に妥協はなかった。驚きとともに、あらためてキース自身のピアノに対するプライドを垣間見た一瞬だった。

 コンサートは、前回リポートしたように大変素晴らしい内容だった。僕はステージの袖で演奏するキースの背中を見ながら、ふとこんなことを思い出していた。それは数年前、コンサート終了後の食事の席でキースが自分のピアノ観を語ってくれた時のことだ。「トシナリ、ピアノは生き物なんだよ。木でできているから、呼吸をしているんだ。それにピアニストは、他の楽器奏者のように自分の楽器を持ち歩くことは事実上不可能だ。演奏会場のステージに置かれているピアノを弾くしかない。だからこそ、限られた条件の中でのピアノ選びが大きな意味を持っているんだ」

 その時のキースの表情が、ありありと浮かんできた。“ああ、今回ピアノ探しに最大の努力を払ったのは正解だった”と、僕はあらためて再確認したのだった。

 そういえば、同じ席でキースはこんな話もしていた。ジャズ・ピアニストには耳の痛い話かもしれないが、僕には非常に納得できる話だったので、記しておくことにしよう。

「大半のジャズ・ピアニストは、ピアノが本来持っている能力の50%しか使っていない。例えば、ペダル・アクションをちゃんとコントロールしているジャズ・ピアニストは驚くほど少ない。それからコードだ。ジャズ・ピアニストはとかく複雑なコードを弾きたがる傾向がある。音楽そのものの流れに関係ない部分で、ややこしい音を挟み込みがちだ。しかし本人がその複雑なコードを弾いているつもりでも、聴いている方はそのコードを聴き取ることが出来ない。何故だか分かるか?ピアニスト自身の技術が伴っていない、つまり指のバランスが悪いから、頭の中でイメージしている音と、実際に出てくる音が違ってしまうんだよ」

 クラシック界の巨匠ルービンシュタインは、両手ともに5度のハーモニーを低域から高域まで、全て同じバランスで弾く練習を日課としていたという。つまり親指から小指まで、そのすべての指の筋肉量が異なるため、自ずから鍵盤を弾く力も違ってくる。それを完全に均等なバランスにして全てのキーを鳴らすというのだ。これは、一見すると単純なようだが、実は神業的なテクニックを持ってこそのトレーニングである。そして、これはキースが語る“指のバランスによって、ハーモニーが違ってくる”という姿勢と合致するではないか。そんなことまでも、僕はステージ袖に居ながら、思い出していたのだった。

 キースが初来日した1974年1月4日の新宿の東京厚生年金会館。開場前にステージに現れたキースは、いきなりもの凄い早さのアルペジオでピアノを弾き始めた。その響きたるや、僕がこれまでに経験したことが無いほどのインパクトがあった。ジャズ・シーンに、これだけピアノを鳴らせるアーティストがいたとは!その時の驚きがあったからこそ、僕はキースと共に四半世紀にもわたって音楽空間を創り上げてくることが出来たのかもしれない。