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「バイ・バイ・ブラックバード」録音現場ドキュメント
(「スイングジャーナル」‘93年5月号より)

 眠れぬままのフライトの後、ケネディ空港からタクシーを飛ばして、私がスタジオに入ったのは、朝の10時半だった。まだ誰もいないガランとしたスタジオに、チューナー(調律師)の叩くピアノの音だけが響いていた。ピアノは、もちろん、キースのために持ち込まれたハンブルグ製スタインウェイだ。
 録音前の無人のスタジオに響くチューニングの音というのは、いかにも寒々と感ずるものだが、しかし、ただ冷たいだけではなく独特の趣きがある。ドラマを予感させる響きでもあるから。
 この日チューニングをしていたのは、フランク・ハンソンという有名なチューナーだった。ピーター・ゼルキンや、ボストン・シンフォニーなどの専属チューナーであり、キースのチューナーでもある人だ。キースは、大切な仕事のときは、無理を押しても必ずこの人を飛行機でボストンから呼ぶのだ。  私は、フランク・ハンソンが入念なチューニングをしている、その姿を見ているうちに、マイルスへの追悼のセレモニーがすでに始まっていることを感じずにはいられなかった。
 キースは愛妻のロザーンと連れだって、11時ぴったりにスタジオへやってきて、私へのグリーティングを済ますと、早速ピアノを弾き出した。もちろんハンソンのチューニングはすでに仕上がっている。
 現在、キースほど耳のいいミュージシャンは滅多にいない。日本公演でいつもキースについてまわっている調律師が私に言ったことがある。  「同じハンブルグ製スタインウェイでも、1台1台クセがあるんですよ。ところがキースさんは、ちょっと弾いただけで完璧にそのクセを見抜き、その上でチューニングの注文を出すんです。凄い人です。」
 この日もキースは、ハンソンのチューニングに2か所注文をつけていた。もちろん私の耳などでは到底計り知れない注文だ。再びハンソンのチューニングが始まる。が、その時はもう、キースはミキシング・ルームで、エンジニアとの打ち合わせに入っている。  この日エンジニアは、以前キースのレコーディングを担当したことのある、BMGレコーディング・スタジオのジェイ・ニューランドだった。優秀なエンジニアで、キースとは気心も知れているのだが、さすがに緊張していた。開口一番キースがニューランドに言ったのは、「フラットに録ってくれ」だった。イコライザーはかけないでくれということだった。
 この日、キースのプロデューサーであり、ディレクターでもあるマンフレッド・アイヒャーは、スタジオに来ていない。このレコーディングがキースの自発自案だったことと、あまりにも急なスケジュールであったため、アイヒャーは都合がつかなかったのだ。したがって、取り敢えずフラットに録っておいて、トラック・ダウンのとき、アイヒャー立会いのもとでイコライジングしようと、キースは考えたのだ。
 もうひとつ、キースが盛んに気にかけていたのは、ノイズ・マイクのことだった。「ノイズ・マイクには、何を使うんだ。」
 実は私も、ノイズ・マイクには非常な関心を持ち続けていた。彼とはこれまで幾度もの仕事を共にしてきたが、76年のソロ・コンサートで日本全国を駆け巡った(それは後に「サンベア・コンサート」というタイトルがついてレコード化された)あのコンサートでの思い出があるからだ。
 あの時私は、まるで魔法のようなアイヒャーのマイキングに驚いたものだ。音響条件の区々な各都市のコンサート会場で、アイヒャーは、ノイズ・マイクの選定と、その位置や高さを変えることで、キース独特のピアノの音をキープしてみせてくれたのだ。メイン・マイクに優るとも劣らないノイズ・マイクの重要性を私が知ったのも、そのときだ。
 そのアイヒャーがいないのだから、キースがノイズ・マイクに神経質になるのも無理はない。
 「チューニング、OKだ。」
ハンソンの声が、スタジオから聞こえる。キースは無言で立ち上がると、スタジオへ入り、ピアノを弾き出した。が、それはもう、チューニングのチェックではない。ハンソンとキースの間で、2度のチェックは不要なのだ。
今、キースが弾いているのは、ミキサーへの「今のうちにバランスをとっちゃえ」という無言の指示だ。ニューランドもその辺は十分に心得ていて、すぐにバランス・チェックを始め、これでいいというところでレコーダーを回しだす。
通常、スタジオでは、ミキサーとプレイヤーとの間で、指示や確認のやりとりがなされる。それがなくては事が進まないからだ。だがキースの場合は、まったくの無言。
無言のうちに事が進み、その間に必要なことはきちんと行なわれるのだ。この辺が、キースと彼をとりまくプロフェッショナルたちの仕事ぶりの見事さと言う他はない。
プレイ・バックを聴くキースの表情は、真剣そのものだ。やがてキースはスタジオに入り、慎重にノイズ・マイクの位置を直し、再びピアノを弾き出す。テープがまわり出す。その間も一切言葉はない。そして再度のプレイ・バック。 キースはその音に耳を傾け、「ウン」と軽くうなずくと、漸く相好をくずし、ロザーンと話し始める。私が時計を見ると、11時50分だった。
キースと仕事をして、いつも感心するのは彼の段取りの巧さだ。言葉を替えれば“緊張感に満ちた演奏への万全の配慮”がゆきわたっているとうことだ。この日も、キースはこうして他の2人より1時間も前にスタジオに入り、彼らが来るまでに、チューニングと録音バランスのチェックを済ませている。それらに費やす時間が、アーチストの緊張感を損なうものであることを十分に心得ているからだ。

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