高橋悠治インタビュー2(ぶらあぼ12月号より転載) 

取材・文 堀江昭朗

 第1部で演奏される、西洋楽器とガムラン等の組み合わせは、対立も競争もない世界だ。
 「なにかひとつの基準、たとえば西洋音階にすべてを揃えるのじゃなくて、それぞれの楽器が持っている音階でそれぞれが演奏しながら、結果としてひとつの音楽になる。あるひとつの音階を統一基準と考えるのではなくて、それをひとつの色合いととらえる。合唱や俳句の朗唱も入った面白いものです」
 これは古くからの友人ホセ・マセダの作品だ。
 「親しい友達というわけでもなくて、何年もの間会わなかったり、連絡も取らなかったりだけど、話をすれば通じるものがある」
 第2部で、高橋さんとともに作曲を手がけるイ・ワヤン・サドゥラ、その音楽とコラボレートする振付・舞踊のサルドノ・ワルヨ・クスモの2人はバリやジャワ(インドネシア)の民族音楽・伝統芸能をベースに活動している。
 「3人ともそうだけど、サルドノは特に、伝統芸能を現代に生かすために現代的な要素を加えるのではなく、むしろもっと芸能の原点へと戻っていくやり方。西洋音楽だけでなく、どんな伝統芸能や民族音楽も近代化の波に洗われて、磨かれたけど狭くなった。つまり洗練という名のもとに捨てられていったものがたくさんあるはずなのね。それは特に音色なんだけど、ひとつずつ拾い上げていくことで、新たな可能性が見えてくるわけ」
 今回も出演する三絃の高田和子とのプロジェクトを進めているが、それも同じ方向性だ。
 「邦楽器だって、大きな音でより早いパッセージを弾けるのが、近代的だと思われている。それを取り払って、原点から見つめ直すと、開かれた柔軟なものが見えてくる」
 対立すると思うものと融和することで、世界はどんどん広がっていく。その原理は、文明が起こる以前のアジアにあった。彼のこうした活動が、また時代の先鞭となる日は近いかもしれない。



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