<ぶらあぼ12月号より転載>

「近代化の波の中で捨ててしまったものの中に未来の鍵があるかもしれない。」

取材・文  堀江昭朗

 現代音楽のフィールドでの作曲とピアノ演奏の一方で、バロックやロマン派を取り上げたり、アジアの伝統音楽とのコラボレーションも展開。日本でのサティ・ブームの先鞭をつけたのはこの人だし、いち早くコンピュータに目を付けていたのもこの人だった。
 「世紀の変わり目を迎えて、そろそろいろんなことが変わってもいいんじゃないかと思っています。」
 西洋的な論理展開では解決できない問題を、東洋的な思考展開で解決できることに早くから気づいていたのもこの人。すみだトリフォニーホールのバックアップで開催するコンサート「節分前夜」は、まさにこの考え方から彼が立ち上げた企画だ。
 「節分は春の始まりの前の日、さらにその前夜ということになるね。社会の問題と音楽の問題はまったく無縁じゃなくて、それぞれの問題解決のためには、今までとは違うモデルを提示するのがいいと思う」
 それが、アジア的な思考の原理。
 「フランス革命以降、近代国家ができたわけだけど、20世紀はことに競争と対立の原理で発展を遂げてきた。この原理が全世界に広がり、うまく機能しているように見えるけど、実はその原理そのものが矛盾を抱えている。人間が互いに対立すれば戦争に、人間と自然が対立すれば自然破壊に、というように。社会の構造そのものも矛盾を孕んでる。今4大文明展をやってるけど、それらの栄枯盛衰の歴史を見ても同じですよね」
 文明以前の古代のアジアには、対立でも競争でもない、独自の原理があった。
 「たとえば『結(ゆい)』。家を建てる時などは村中で手伝うわけだけど、みんな勝手に自分の出来ることをしているうちに、なんとなく家が建ってしまう。誰かが設計図を引くわけでも、棟梁がいるわけでもない。西洋的な原理では、まず完成イメージがあって、そこに向かって分業して積み重ねていくわけだけど、東洋的にはそもそも完成イメージというものがないわけ。でも結果として家はできる。たとえばガムラン音楽はそんなやり方。」

                       次回へ続く