磯田 秀人
コンサートが音楽を殺した、と言われることがある。
もともと、貴族の食卓や冠婚葬祭でのBGM、そして教会で歌われていた音楽が、19世紀にはコンサートというスタイルで鑑賞の対象となった。そして、20世紀になると、観客の増大に比例してコンサート会場は拡大の一途をたどることになる。 1950年代には電気楽器を使ったロックン・ロールが生まれ、多くの若者がコンサートにつめかけることが、会場の肥大化に拍車をかけ、70年代には野球場やフットボール場がコンサート会場として使われ始め、それに伴いPA(拡声装置)も、演奏家に向けられたモニター装置も飛躍的な進歩を遂げた。 その結果、クラシック音楽を別にすれば、演奏会場で生の楽器の音を耳にしている人が一人もいない、というのが今のコンサートの現状だ。 広い会場に音を行きとどかせるために増幅を強いられた楽器からは、耳をそばだてて聞く繊細なピアニシモも、一瞬息をのむフォルテシモも感じられない。
静寂や、音と音との間(ま)がコンサート会場から失われ、ドラマチックで色彩感豊かな音空間が今の音楽からは欠落してしまった。
果たしてこれで、観客も演奏家もライブを楽しんでいると言えるのだろうか?
富樫雅彦と佐藤允彦。
この二人の日本を代表するジャズ・ミュージシャンは、音楽はもっと生々しくスリリングであらねばならないと考えている。
だから、今回のコンサートのテーマを“コントラスト”とした。
過剰なものをそぎ落として、音楽に必要な三要素、リズム、メロディー、ハーモニーに陰影と抑揚を与え、音そのものから深みのあるドラマを引き出そうという試みだ。
その為に、都内有数の美しい響きと適正な広さを持つ紀尾井ホールがコンサート会場に選ばれ、楽器の生音とホールの響きを損なわないためにPAは一切使われない。
だからこの日僕たちは、無添加でオーガニックな音の響きを全身に浴びることになる。 そしてまた、それはとりもなおさず僕たちが久方ぶりに味わう“静寂や間”との出会いでもあることだろう。